放射線によるがん
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「被ばくによってがんになる」とは?
−被ばくの影響が現れるしくみ−


「被ばくによってがんになる」と簡単に言いますが、具体的にどのような意味でしょうか。
「被ばくすると、それがもとでいつかがんになる」
というのが、一般の人々のイメージです。被ばくによって何かが起こり、それは一生消えない、そしていつかそれがもとでがんになるかもしれない、あるいは必ずなるだろう、と考えています。
 一方、放射線生物学や放射線防護の専門家は、
「被ばくすると、その分だけ将来のがんの可能性が高くなる」
と考えます。そのとき、<どんなに少ない線量でも必ずがんの可能性が高くなる(直線仮説)>か、<少ない線量では影響はない(しきい値説)>か、で意見が分かれていますが、この考え方じたいは共通です。

 どちらも「被ばくの影響があるかどうか」の問題になるのですが、“可能性が高くなる”とか、“なるかもしれない”とか、極めていい加減な内容です。この意味では、一般人のいい加減なイメージも専門家の考え方も同じレベルです。
 理由は、これらの考え方が、単に被ばくした人何人中何人ががんになったという統計データや被ばくした人はがんになりやすいようだ、というような話がもとになってできているに過ぎず、どのように影響が現われるのか、誰に影響が現われるのか、どのような場合に影響が現われるのか、などについての生物学的なメカニズムがないからなのです。
 放射線発がんについては膨大な研究があり、すべて人間への影響の解明を目指しておこなわれているはずなのですが、人間の場合の「被ばくによってがんになる」という意味さえ、生物学的に正しく捉えることができていないのが現状です。 研究者が論文や報告書などに書く場合にはその程度で結構でしょうが、放射線検査を受けた現実の患者が将来どのようになるのかを真剣に考えなければならない場合には、厳密に生物学的なメカニズムを知る必要があります。
 「先生、私の場合どうでしょうか?」
と聞かれた時には、その人に関する答えが必要なのです。

 被ばくの影響が出るかどうかというのは、放射線によって遺伝子に突然変異ができてそれがいつかがんになる、という単純な発想ではわかりません。
 人間の場合は被ばくしなくてもがんになる、それも被ばくに比べれば何桁も大きな可能性でがんになる、という土台に被ばくの影響が乗っているということを、大前提として考慮しなければ、被ばくの影響の現われ方は分かりません。被ばくの影響が現われる“しくみ”があるのです。
 低線量被ばくの影響の現われ方の生物学的なしくみを見てみましょう。

被ばく影響のメカニズム
 低線量被ばくの影響には、次の二つの段階があります。作用および影響と区別します。
1)(被ばくの作用) 放射線の化学的・生物学的な作用と細胞の応答など。
2)(被ばくの影響)その作用が、将来がんに結びつくかどうか。

 たとえば、CT検査を受けたとき、その被ばくによってどんな作用があるのかは受けたときから1〜2日の間に起こるできごとです。それによって、突然変異ができるかどうかが決まります。突然変異ができなければそれでおしまいです。被ばくしなかったのと同じです。 たとえ突然変異ができても、それによって将来がんにならなければ、それでおしまいです。被ばくの影響はなかったと言えます。
 結局、被ばくの影響が現われるのは、被ばくの作用が原因で最後にがんになるときだけなのです。その場合のがんも、被ばくによるがんというのは正しくありません。がんはどんなときでも普通のがんです。過去の被ばくがその”普通の”がんに少しでも寄与しているという場合が、被ばくによる影響だと言えるのです。
 これが低線量被ばくによるがんの現われ方の概略です。それぞれを詳細に見てみましょう。

被ばくの作用
  1)被ばくによって起こる細胞内のできごと
(「がんになるということ」参照)
 1回の被ばくに関連した生物学的なできごとを考えてみましょう。検査の場合を想定して考えるので、被ばくは1回ごとで考えることができます。ここでの問題は、そのような1回の被ばくの作用の内容と大きさです。
 被ばく部位の組織の細胞内では、遺伝子の近傍も含めて、水分子の電離分解により、ほぼ均一にヒドロキシルラジカルが発生すると考えられます(ピコ秒のオーダー)。
 細胞質や細胞核内の抗酸化物質がヒドロキシルラジカルを捕捉します(グルタチオンとヒドロキシルラジカルの反応は拡散律速。標的分子の濃度に依存するので一概には言えないが、マイクロ秒のオーダー)が、もちろん完全ではありません。捕捉されないヒドロキシルラジカルは遺伝子を攻撃し、遺伝子は数多くの傷を負うことになります。たいていの場合、それらの傷は種々のDNA修復酵素によってすべて修復されます。傷ができるとすぐに修復が始まり、すべての傷が修復されるには数時間〜半日くらいかります。
 これが基本ですが、何事も完全ということはなく、たまに不完全になります。不完全の内容とは、様々なミスや修復不能などです(「突然変異のでき方」参照)。不完全な修復が発生した場合には、その細胞が死ぬか、傷が突然変異になります。

 ここでは被ばくによる作用だけに注目していますが、このようなことが起こっている間にも、その細胞、その遺伝子には他の発がん物質の攻撃も間断なく続いていますし、その細胞じたいも、たとえば細胞分裂などを含めて、その他の様々な作用を受けています。また、周りの細胞社会との相互作用もあります。こうしたいろいろな作用が遺伝子の傷の修復を不完全にする方向に働くことも少なくありません。つまり、被ばくした細胞の遺伝子がそれによって突然変異になるかどうかは、被ばく放射線とその細胞だけで考えても意味がなく、細胞を取り巻くその他のあらゆる作用を考えなければならないのです。
 これらのことを総合した結果として、被ばくによる作用が最終的に突然変異という形で細胞に残るかどうかが問題なのです。被ばく後のDNA修復や細胞分裂や細胞死など、遺伝子の傷が突然変異になるかどうかに関与する一連のできごとが終わって決着がつくまでには、おそらく1〜2日くらいではないかと思われます(修復されないまま遺伝子の傷が次の細胞分裂までそのまま残ることもあるかもしれませんが、たいていはこのようにいえるでしょう)。
 こうして1回の被ばくに関連した1回のイベントが終わります。これが、その“被ばくの作用”の内容です。検査で被ばくした後、1〜2日でその被ばくが残るかどうかが決まると考えていいでしょう。もしこの際に、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の危険な突然変異ができなければ、その被ばくの影響はなかったと言えます。たとえ突然変異になってしまっても、その遺伝子ががん関連遺伝子でない場合には、がんという観点からは、何の作用もありません。被ばくしなかったのと同じです。
 これが1回の被ばくの作用です。たとえあと一歩のところでも、かろうじて突然変異にならなかった場合は、被ばくの作用はゼロだと言っていいのです(*)。

*突然変異ではなく後まで影響する何らかの作用は―たとえば原爆被爆者では、その後数十年にわたって炎症が続いているようだとの報告があり、それが後年のがんの発生を容易にしているのではないかとの意見があります―その現象の生物学的な内容が全く不明で、現時点では科学的な内容が確立されていないので考慮しません。

2)被ばくの作用の位置づけ
 被ばくの作用というのは、生物学的には、突然変異1個になるか、それともゼロで終わるか、のどちらかです。放射線被ばくの作用のわかりやすいイメージとして、「被ばくの寄与の大きさ」では、突然変異0.1個分というような見積もりをしていますが、これはあくまで説明のためであり、生物学的には、その被ばくの決着で1個にならない被ばくはゼロなのです。私たちの体の中では、突然変異が1個できた場合だけが突然変異として記録されます。0.1個分、0.5個分の影響などありません。
 ここが現実の生物学(医療被ばくのリスク)と統計的な数字上の扱い(放射線防護リスク)との本質的な違いで、放射線防護では、リスクはすべて加算される単なる数字としてしか見ていません。たとえば、この遺伝子の突然変異に放射線防護の考え方を当てはめると、0.5個分の作用の被ばくを3回すると、単純合計で1.5個分の作用ということになります。しかし、生物学的には、突然変異0.5個分の作用は何回繰り返しても突然変異にはならず、終わってしまえば作用はなかったことになるので合計の作用はゼロです。

 図はがんチャートですが、ひとそれぞれの最終的な突然変異の蓄積を示す位置があります。私たちが人生の最後に行き着くがんに関する終着点です。
 その人生のどこかで被ばくをした場合、その作用は突然変異の増加方向に加算されます。これが左向きの矢印で示してあります。被ばくが突然変異が増える方向に作用しているという意味です。つまり日常生活の発がん作用に放射線の発がん作用が追加されたのです。
 重要なのは、私たちは人生のがんの道筋をすでに歩んでおり、検査などの被ばくによる作用はそれに付け加えられる、ということです。
 しかし、突然変異は1個単位でできるかどうかが決まるので、この矢印が突然変異1個分を超える大きさなら、それは1個として記録され、1個分未満ならその作用は現実にはゼロとなります。
 検査後の1〜2日の間に1個分以上に達さない場合は、何もなかったことになるのです。 その場合でも忘れてはいけないのは、他の多くの発がん物質と一緒になって偶然に突然変異が1個できたのであって、放射線だけで1個できたのではありません。検査を受けるつど、このような作用の大きさの矢印を描くことができます。

被ばくによってがんになるという意味  

1)被ばくの影響が出るしくみ
 このように1回ごとの“被ばくの作用”の大きさが描かれるのですが、それぞれはそのまま最終的ながんの可能性に結びつくわけではありません。被ばくによってがんになるには、しくみがあるのです。
 一般のイメージでは、
「被ばくすると、そのためにいつかきっとがんになるだろう」
「被ばくすると、その分だけ遺伝子の傷害が増えて、その分だけ将来のがんの可能性が高くなるだろう」
ということですが、どちらも、程度の違いはありますが、被ばくすると多かれ少なかれ必ずがんの可能性が高くなると考えています。
 この“必ず”というのが一般的な捉えかたの特徴です。どんなに小さな作用でもそれなりの影響がある、というわけです。

 しかし、がんというのは資格試験のようなもので、合格点が決まっていて、それに達さない限りならない、という生物学的メカニズムを持っています。被ばくの作用があったとしても、人生全体の合計点で突然変異15個という合格点に届かない限り、がんにはならないのです。
 以上から、「被ばくしても、突然変異1個分の作用になるかどうかはわからない、そして、たとえ1個増やす作用があったとしても、それががんに結びつく場合も結びつかない場合もある」といえるのです。

 では、どんなときにがんに結びつくのでしょうか。
 被ばくしない場合、がんになるかならないかどちらかです。これが私たちの基本的な状況です。したがって、被ばくの“影響がある”というのは、この結果に“変化がある”ということに他なりません。
 被ばくしないでもがんになる人が、被ばくしてがんになるなら、同じ結果ですから問題にはなりません。影響はないことになります。
 被ばくしないでがんにならない人が、被ばくしてもがんにならない場合、やはり影響はないことになります。
 被ばくしない場合にがんにならない人が、被ばくしてがんになるときが問題なのです。このときに限り被ばくの“影響”があることになります。
 おわかりのように、被ばくによってがんになるかどうかは、このようにひとりひとりの内容が決めるのです。

 集団全体で被ばくして何人ががんになったか、という調査のデータなどは、単に数字だけで表されるのですが、実際の中身はこのようなひとりひとりの状況の反映なのです。
 ここまででわかったことは、被ばくによってがんになるという結果になる人は限られた状況にある人だということです。どんな人なのかを、もう少し詳しく見てみましょう。

 がんになるならないは、人生の終わり頃に分かることなので想像するしかないのですが、空想ではなく、事実です。(*「がんになるはずの人、ならないはずの人」の説明。“予定”の説明)、
 がんになる予定の人(男性の約1/2、女性の約1/3)にとっては、被ばくの影響が足されても、[がんになる →(被ばく)→がんになる]で、被ばくの影響はないと言えます(影響が現れないと言ってもいいでしょう)。
 これらのがんになる予定の人は、人生全体で防御も弱く発がん物質が多いからこそ、がんになるグループに入っているのです。当然放射線の害が出やすいはずなのですが、がんという結果としては変化がなく、影響は出ないのです。
 一方、がんにならないはずの人は、被ばくによって、[がんにならない →(被ばく)→がんにならない] なら、問題はありません。被ばくしても影響は出ないと言えます。この場合、たとえ被ばくの作用があり、遺伝子に突然変異が1個増えていたとしても、がんにならないで済めば、それでOKですし、影響はないのです。
 次に、[がんにならない →(被ばく)→がんになる] という場合には、結果に変化があり、被ばくの影響があるといえます。つまり、 「被ばくの影響が出る人というのは、がんにならない“予定”の人々の中にいるのです」
 これが、被ばくの影響が現われるしくみです。

2)誰に影響が出るのか?
 そこで問題は、具体的に誰に影響が出るのか、です。
 「被ばくしなければがんにならなかったはずなのに、被ばくしたせいでがんになってしまう人」というのは具体的にはどんな人でしょうか?
 被ばくの作用ががんに寄与できるとすれば、その被ばくによって突然変異が1個できる場合ですが(「被ばくの寄与の大きさ」参照)、もしその被ばくが寄与して1個できたとしても、一生の全体として15個にならないとがんにはなりません。
 私たちの体のどこかの細胞に突然変異がたくさんあるとしても、それだけでは問題にはなりません。私たちの体で突然変異のない細胞などおそらくないでしょう。最終的に突然変異がせいぜい10個くらいにしかならない細胞で被ばくによって1個増えてしまっても、全く気にする必要もないのです!
 つまり、問題になるのは、1個増えたことでトラブル(がん)になる場合です。

 「このままいけば14個で人生が終わるはずの人が、被ばくが寄与して1個増えることでがんになってしまう」
というような場合に、被ばくの発がん影響があるということになります。
 これが、被ばくしなければがんにならなかったはずなのに、被ばくしたせいでがんになってしまう人なのです。
 いつ被ばくを受けたとしても、その被ばくの作用がなく終わるなら、問題ありません。
 もし被ばくの作用として突然変異が1個増えたとしたら、それは消えないで残ります。(したがって、がんという結果を考えるときには、いつ被ばくしたかは問題ではありません)
 突然変異として残ったかどうかだけが問題なのですが、それが被ばくの影響としてがんに結びつくかどうかが分かるのは、がんになる年齢になってからです。被ばくしたのが40歳であっても、50歳であっても関係ありません。突然変異は合計が問題なので、いつの1個であっても、最後に全部合計で15個になれば同じことなのです。

 この事実からわかることは、“被ばくによってがんになりやすい人、被ばくの影響を受けやすい人”と言うのは、単にがんになりやすい人ではないし、放射線に弱い人でもありません。
 それは、
「がんにならない予定の人のうち、がんの境界線(15個)に近いところにいる人」
です。
 一般男性の場合、突然変異の数で言うと全体の真ん中くらいの人です。
 つまり、いかにも危険そうな人、弱そうな人ではなく、全体の中では“普通”くらいの人なのです!
 がんにならない予定の人々の中では、がんになるかならないかという瀬戸際にいて、ぎりぎりでがんにはならずに人生を終えるはずの人です。被ばくの影響が出るのは、このような場合に限られます。
 ここが私たちの印象と大きくかけ離れているのではないでしょうか?
 被ばくによってがんになる人というのは、極めて限られた小数の人なのです。

 被ばくしなくてもがんになる予定の人は、被ばくしても当然がんになりますから、被ばくの影響は出ません。
 また、がんにならない人のうち、突然変異が10個や11個くらいの人々は被ばくしてもがんにはなりません。いや、13個まで大丈夫でしょう。さらに、14個でも、その中でぎりぎり最後の方に並んでいる何人かにしか影響は出ません。なぜなら、「被ばくの寄与の大きさ」で見積もったように、100mGyの被ばくでもおそらく最悪0.1個分くらいの作用しかないからです。
 つまり、14個の人々の中でも、ぎりぎり瀬戸際にいる何人かだけを15個にしてしまえる程度の力だということなのです。

 被ばくによる発がん影響が“現われる”というのは、単なる細胞や遺伝子レベルで何らかの“作用がある”こととは全く異なる土俵の問題だということがお分かりになったでしょうか?
 「私たちは被ばくしなくてもがんになる」という土台の上に被ばくの影響があるからなのです。
 このようなしくみの上で被ばくの影響を現実的に考えるとすれば、どんな人であるか、どんな生活を送っているのか、などを一番先に考えなければ意味がありません。
 すべての人に同じだけのリスクがあるとか、線量だけでリスクが決まるというような考え方は、生物学的にはあまりに単純すぎて話にならないと、もうお分かりでしょう。
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