従事者の役割り
医療従事者の立場と役割り 目次

1.放射線防護における従事者の立場と役割り
  (資料) ICRP2007勧告 第7章「医療被ばく」(PDF)
  (資料) 放射線防護の基準
 1)医療従事者の立場と役割まとめ
 2)現実的な問題の考察
   a) 正当化をどのように行えばいいのか?
   b) 放射線防護は個人レベルでは機能しない
   c) 結論
2.放射線防護のリスクと医療被ばくのリスク
 1)放射線防護のがんリスク
 2)医療被ばくのがんリスク
 3)医療被ばくのがんリスクの確立
1.医療被ばくにおける従事者の立場と役割り
   (資料) ICRP2007勧告 第7章「医療被ばく」(PDF)
   (資料) 放射線防護の基準

 1)医療従事者の立場と役割まとめ

  @従事者は、「施設内での放射線防護ルールを遵守する」

  A従事者は、「自身の被ばく管理をする」

被ばく制限
部位 実効線量
(個人線量限度値)
全身 5年間で100mSv
(年間では50mSvを超えないこと)
水晶体 年間150mSv
皮膚 年間500mSv
手足 年間500mSv
妊娠女性の胚/胎児 妊娠期間中で1mSv


(線量拘束値)
全身 年間20mSv以下


  B従事者は、「患者の医療被ばくの管理をする」

   医療被ばくを管理するのは、行政や担当部署ではなく、医療従事者
  (医療行為をおこなう者)。
   患者の医療被ばくの管理とは、「医療行為の正当化・最適化をする
  こと」である。(*他の被ばくの場合には、正当化・最適化・線量限度
  の遵守)

正当化
1)第1レベル 放射線の利用が、患者にとってプラス>マイナスであること(医療での利用はもともとそのように意図されているので、すでに満たされている)
2)第2レベル 放射線を用いたその医療行為が、ある症状やある状況の場合には適切であること(放射線診療はすでにそのように構成されているはず)
3)第3レベル その医療行為が、それをおこなう患者にとって、プラス>マイナスであること。(患者個人の症状や状況を総合的に考慮して、それをおこなうことが患者のプラス>マイナスであることを示す必要がある)
最適化
最適化は、“診断参考レベル”(日本の場合には、学会や放射線技師会などのガイドライン)に沿った線量で医療行為をおこなうことで達成できる。


  C医療行為の担当者は、「医療行為の正当化と最適化をする」


 2)現実的な問題の考察
 これらが放射線防護という観点からの医療従事者の仕事と役割です。
 @,Aはルールに従えばいいでしょう。このルールが負担を強いるとしても、それは政治行政の問題であって、文句を言ってもはじまりません。
 Bの「最適化」は技術的な内容で、検査や治療が適正に行われていれば問題にはならないでしょう。したがって、考えなければならないのは、「正当化」です。

 第2レベルの正当化は、個々の医療行為に関する正当化であり、厚生労働省や医師会などが判断するべきものです。既存の医療行為はすでに正当化されているものと考えられ、従事者が個々におこなうものではありません。
 現実的にそれぞれの従事者が直面する正当化は、第3レベルの正当化です。患者に対しておこなう医療行為を正当化できるかどうかです。もちろん患者のためにおこなう行為ですから、正当化は自明と思いがちですが、論理的客観的な評価が必要になります。
 よくある医療被ばく相談のひとつは、検査が本当に必要だったかという、医療行為の正当性に対する疑問です。
 かつては、医療への絶対的な信頼のために、診療に疑いをさしはさむ患者はいませんでした。しかし、患者の権利が尊重されたこと、患者の知識量が飛躍的に大きくなったこと、検査被ばくは危険だという誤解が広まったこと(放射線アレルギーはもともとありますが、医療で大きく問題にされるようになったのはごく最近のことです)、そして医療への信頼の低下などから、医療は正当化を明確にしなければならなくなったといえます。

 a) 正当化をどのように行えばいいのか?
 勧告はこのような概念を提供しているだけで、現実に正当化をどのように行うのかについては具体的な指針がありません。
 「害より大きな益を」が、放射線防護の基本理念ですが、その検査や治療を患者に対して行うことのプラスとマイナスを量的に比較するのは、ほとんどの場合不可能でしょう。しかし、集団検診での胸部X線撮影や、一般女性のマンモグラフィー検診などは正当化が再検討されていますし、PET検診などに対しても正当化の議論が生じています。これらは第2レベルの正当化の問題です。
 この場合には、プラスとマイナスを厳密に調査して比較しなければなりません。具体的には、その検査によって病気を発見できた確率を調査してプラスとし、その被ばくによってがん死亡するとされる確率をマイナスとして比較します。その結果、子供の胸部X線撮影は正当化できないとして廃止になりました。女性のマンモグラフィーは年齢しだいとされています。
 正当化のために必要なプラスとマイナスの量的な(客観的な)比較は、このような手続きができる場合にのみ可能なのです(しかし、「放射線防護のリスク評価によって計算された値」をマイナスとして使っているために、この比較は単なる形式的なものになっています)。したがって、現実の患者の診療では、正当化の論拠となる客観性を得るのは難しいでしょう。また、“念のため”に撮るCTなどの医療行為の正当性も客観的に示すことは難しいでしょう。

 b) 放射線防護は個人のレベルでは機能しない
 放射線防護は、社会の安全の基本的な“枠組み”を確保するための実務的なシステムですから、どんな患者にどんな検査をするのか、それが本当に必要なのか、どんな内容の正当化ができているのか、などの第3レベルの正当化に関しては、放射線防護は機能しません。医師が正当化しているという枠組みの中で患者がそれをそのまま受け取って済む場合には、問題も起こらず疑問も生じません。しかし、この枠組みの内容が問題になると、正当化の根拠を客観的に(つまり量的な比較で)示すことはできないために、機能しなくなるのです。医療の現実は、放射線防護という“事務手続き”ではカバーできません。
 放射線防護の基本的な構成は、<正当化>、<最適化>、そして<線量制限>です。個人の患者相手には、このうちの正当化と線量制限がおこなえませんので、それぞれの医療現場における放射線防護の遵守というのは、現実には「診断参考レベルに沿った線量でおこなう」という最適化のみだと言えるでしょう。(第1レベルの正当化は自明です。第2レベルの正当化は、厚生労働省や医師会などがおこなうものです。そして、今述べたように、現場での第3レベルの正当化は不可能です)

 医療行為を行う者にとっての放射線防護の位置づけははっきりしましたが、現実の問題は、ここからです。
 多くの患者は、社会では安全は保障されていると考えますし、まして医療では間違っても危険があるとは考えません。これは患者側の認識不足が原因なのですが、医療への信頼が強い場合にはそれで結構です。しかし現状は、上で述べたように、様々な事情から医療被ばく、特に検査被ばくのリスクがクローズアップされるようになり、この部分を明確にしなければならなくなっているということです。放射線防護とは関係のない、患者側からの要請という現実的な問題です。
 また、これも放射線防護とは関係のない理念ですが、患者の人権保護のためのインフォームドコンセントが必要になり、放射線を含む医療行為の正当性を確認し納得してもらう必要があります。
 いずれの場合も、「患者に対して個々の検査や治療に関する納得のできる説明をしなければならない」ということになります。これを現実にどのようにおこなうかが、医療従事者の問題なのです。

 c) 結論
 放射線診療をおこなう者にとっての放射線防護の位置づけと内容を整理しました。
 検査・治療による患者の医療被ばくは、放射線を用いた医療行為をおこなう者が管理する責任があります。
 そのためにしなければならないことは、
1)「検査は診断参考レベルでおこなうこと」
 これは、実際には診療放射線技師の管轄でしょう。
2)「それぞれの患者で医療行為の正当化をおこなう」
これは、医師の仕事ですが、客観的な正当化は難しいでしょう。
 次に、放射線防護とは関係のないその他の責任としておこなわなければならないことは、
3)「患者に対して十分な説明をして了解を得ること」
ということです。これはインフォームドコンセントをおこなう医師の仕事です。
 したがって、結論としては、放射線診療をおこなう従事者の役割は、「適正な線量で検査治療をおこなうこと」、そして「患者に対して十分な説明をおこなうこと」です。
(*医療被ばくには、他に患者の付き添いや介助者の被ばくと、医学研究に自発的に参加する被験者の被ばくがあります。これらも医療被ばくですから、おこなう者が責任を負います。これらの場合には、被ばく線量拘束値に関する指示を与える必要があります。)


2.放射線防護のリスクと医療被ばくのリスク
   形式的な放射線防護や線量の遵守などは事務的な作業で、問題というほどの問題ではありません。患者への説明、具体的には“被ばくの影響、被ばくリスク”の説明が放射線診療をおこなう従事者の本当の仕事です。
 そこで、次に問題になるのは、どんなリスク評価方法を使って患者に答えるのかです。私たちの周りを見渡して「被ばくリスク」のキーワードで検索すると、書籍であれ、インターネットであれ、あるひとつの被ばくリスクしか出てきません。それは“放射線防護のリスク”です。 しかし、このリスクは、ここまで繰り返し述べたように、医療では使えないのです。

 1)放射線防護のがんリスク
 放射線防護体系は、「社会の活動を損なわないようにしながら、人々ができるだけ被ばくしないようにする」ためのシステムです。技術として使いたい、しかし危険性がある、そこでうまくやりくりするためのルールが必要、ということです。したがって、「被ばくをさせないこと」が基本です。

 放射線防護の対象は、
「計画された被ばく(放射線利用に伴って予期できる被ばく)」
「緊急の被ばく(事故時の被ばく)」
「既存の被ばく(環境からの被ばく)」
ですが、「計画された被ばく」が主要な対象です。したがって、予定している被ばくに対して防護、予防するために、被ばく被害の事前の見積もりが必要となります。
 事前に見積もり、それによって被害を未然に防ぐか、被害を最小限に抑える。あるいは被ばくによる利益と被害の損失をはかりに掛けて、その行為を正当化できるかどうかを判断するのです。被ばくする前にリスクを見積もることに、本質的な意味があります。
 「リスクを過大に評価して公衆の安全を諮る」というのは、事前にリスクをより強く意識させることで、活動のコントロールを促すこと、安全に余裕を持たせることが目的です。「できるだけ被ばくさせない」という放射線防護の本質の具体的表現なのです。 よく問題になる、LNTモデルと実効線量、そしてそれらから計算される被ばくリスクは、この目的のために考案された“道具”です。一次関数は非常に使いやすいこと、そしてリスクを過大に評価していることなどから、放射線防護という実務的なシステムには理想的な公式だといえます。

 勧告2007 第3章 「生物学的観点からの放射線防護」パラグラフ(66)には、
 「しかし、LNTモデルは放射線防護の実用的な体系で使われるものとしては科学的なもっともらしさは備えているが、これをはっきりと証明できる生物学的・疫学的な証拠は今後現われそうもない。このモデルの低線量でのリスクには不確かさがあるので、委員会は、LNTモデルを一般公衆の健康上の見積もり(がん死亡の見積もりなど)の目的で、大きな集団が低線量の被ばくを長い期間にわたって受けた場合の、がんや遺伝病の発生数などの計算に用いるべきではないと考えている。」
と述べられています。
 放射線防護リスクは、単なるリスクの計算式ではありません。放射線防護専用の道具であり、その目的でしか使ってはいけないということなのです。

 2)医療被ばくリスク
 一方、放射線診療は、「被ばくすること」で成り立っています。リスクがどうであれ、検査や治療は受けなければなりません。リスクを過大評価することで、予定している被ばくをコントロールするというようなことはできません。被ばく前は、リスクは問題になりません。医療の被ばくリスクは、被ばく後に発生すると言ってもいいでしょう。
 「被ばくさせない」「リスク評価は事前におこなう」ことが本質の放射線防護が、「被ばくすること」「リスク評価は事後」の医療被ばくでは限定的にしか機能しないのは当然なのです。放射線防護の目的でしか使えないLNTモデルに基づいた放射線防護リスクを、どのような形であれ、医療被ばくに持ち込むことは大きな間違いなのです。

 構造の上からはこのように言うことができますが、もっと現実的な内容としてインフォームドコンセントや被ばく相談で何を答えなければならないのかという観点から考えると、その答えははっきりしています。
 医療被ばくのリスクとは、「検査や治療を受けたその患者が、将来がんになるかどうか」ということです。「このように決めておこう」の放射線防護リスクではなく、「本当にどうなるのか」が必要なのです。

  3)医療被ばくのリスクの確立
 放射線防護体系は放射線を社会でうまく利用するための目的で作られた取り決め、枠組み、ルールであるという、明確な立場があります。このようなシステムがあることは一般公衆も知っていいことですし、医療従事者のように実践しなければならない立場の人々も少なくありません。
 取り決めを作るにあたってリスクを数字で表す必要があります。あくまでも放射線防護という枠組みを機能させる目的で決められたリスクですから、本当の生物学的なリスクである必要はありません。生物学的な事実を参照しますが、重要なのは社会で機能する枠組みを取り決めておくことです。これは社会のすべてのルールや取り決めと同じです。

 問題は、このような目的で決められたリスクが、本当の生物学的なリスクであるように社会に広まってしまっていることです。
 放射線防護の意味、そのリスクの意味を理解できていない人々が、放射線防護のリスク評価を放射線防護の外に持ち出し、書籍や講演、インターネットなどで使っているからです。
 この間違った使いかたが、各方面で問題を引き起こしています。そこで、放射線防護リスクやLNT、そしてICRPが諸悪の根源であるかのような非難が生まれていますが、お門違いです。
 ICRP勧告では、直線仮説を用いたリスク評価の適用範囲を限定しています。くどいほどに「放射線防護の目的では」という言葉が使われているのを見ても、上記パラグラフ(66)の記述を見ても、このような間違った使われ方を憂慮していることは明らかです。ICRPや直線仮説が悪いわけではなく、放射線防護の外で、放射線防護リスクを勝手に使う人々に罪があると言えるでしょう。とりわけ、患者の被ばくリスクの見積もりとして、放射線防護のリスクを掲載する参考書などがこのような間違いを広めているといえます。

 医療被ばくは放射線防護によってカバーされない被ばくです。医療被ばくのリスクは独自に確立しなければならないでしょう。その基準は、言うまでもなく、被ばく影響の生物学的真実です。
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