直線性
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疫学データはなぜ直線的か?


1)従来の考え方
 線量に比例して、がんの可能性が増加するという考え方には、数多くの基礎研究の結果が背景にあります。
 試験管の中では、遺伝子の傷害や突然変異は線量に比例して多くなります。また、被ばくしたショウジョウバエの子孫には線量依存的に変異種が生まれます。DNAの傷害は、線量に依存して直線的に多くなります。
 その他、細胞実験では線量依存的に変異細胞が生まれるなど、実験室レベルでは線量依存的な傷害のデータは数多くあり、これらの実験結果から遺伝子の傷害や突然変異は線量に比例して多くなると考えられるようになりました。
 そして、がんは遺伝子の傷害や突然変異が原因ですから、がんも線量に比例して多くなるだろうと推測されたのです。
 遺伝子に傷ができると(確率は小さくても)それが突然変異になり、突然変異ができると(確率は小さくても)がんの可能性を高めるという考え方です。
 これらの根拠は、「遺伝子の傷」や「突然変異」という原因と「がん」という結果を一義的に結び付けているのですが(*)、わかりやすい考え方であるため、一般には広まりやすかったのでしょう。

 
*しきい値説(フランスの科学・医学アカデミーなど)では、修復などの防御機能があるからこれらは一義的には結びつかないと主張するが、この主張の論理は稚拙で、事実としての根拠がない。防御が完全だと証明できない限り、確率論的にがんにまで結びつく可能性は残されるのである。3重の防御があったとしても、それぞれに1%の“漏れ”があるなら、全体では、(0.01)3 の可能性は残すことになり、線量に対して一次の相関になってもおかしくない。したがって、この論理には科学的な説得力がない。

 このような背景で、放射線の発がん作用は線量依存的で、(どれくらい低線量までそれが成り立つかは、未解決のしきい値の問題です)少なくとも、放射線は線量依存的にがんを起こすという認識が生まれているのです。
 これらの実験結果と、原爆データの結果とがちょうど同じような傾向を示していることから、この認識はさらに強められ、「放射線はヒトの場合にも線量依存的にがんを作る」とされています。

 この考え方の問題は、下等生物と人間の防御機能の違いを考慮していないこと、被ばくによって突然変異ができるとそれが蓄積してがんになるだろうという程度の論理の上に築かれており、生物学的なメカニズムと事実の詳細な検討がなされていないことです。(「被ばくによってがんになるという意味」参照)

 遺伝子の傷害や突然変異から、実際のがんになるまでには非常に長い時間と、何段階ものステップの細胞内の生物学的反応があります。そしてそれらは放射線とは関係がありません。
つまり、“被ばく”という入り口と“がん”という出口の間には、被ばく線量には関係のない現象や状況があり、発がん過程に大きな影響を及ぼしているのです。
 この「被ばくの影響の現われ方」の現実を考えると、線量に比例して傷害や突然変異ができるとしても(この場合でも大きな個人差があります)、その先の発がん過程で線量依存性が維持されて、最終的に線量に比例してがんになる可能性が増加するという生物学的な根拠はありません。

 したがって、遺伝子の傷害などの線量依存性にがんを結びつけて直線性の理由とするのは分かりやすい説明にはなりますが、本当の理由は別にあると考えるべきでしょう。

2)直線性の生物学的な意味
 疫学データが直線的であるというのは、
「その集団は、10mGyでがんになってしまう“状況の人”が1人居て、20mGyでそうなる状況の人は2倍、30mGyでなる人は3倍居る、という構成である」
という事実を表しているに過ぎません。
 この意味を生物学的な発がんメカニズムに基づいて考えてみましょう。

 がん抑制遺伝子とがん遺伝子の15個に突然変異ができてがんになるとした場合、被ばくによってがんになるのは突然変異が14個の人に限られます。
 14個の人々もその内容はいろいろです。人生の最終的な結果として14個になるだろうというだけで、防御機能も日常生活もいろいろです。したがって、被ばくによって突然変異が1個増えるのかどうか、どのくらいの被ばくで増えるのか、ピンきりだと言えます。詳細は、V. 生物学的根拠「被ばくによってがんになるという意味」を参照してください。
⇒V.生物学的根拠
 「被ばくによってがんになる
  という意味」


 最終的には14個で人生を終えることができるとは言え、ある人は20mGyの被ばくで1個できてしまう状況かもしれませんし、ある人は200mGy被ばくしても影響なく終わるでしょう。

 このような事実をもとに考えると、集団の人々が10mGy被ばくしてがんが1人増加するというのは、14個で人生を終える予定の人々のうち、10mGy以下で突然変異が1個できてしまう状況の人1人居るということになります。
 20mGyの被ばくで2人なら、14個で人生を終える予定の人々のうち、20mGy以下で突然変異ができてしまう状況の人が2人居るということです。
 これは、被ばく影響に関する集団の構成をあらわしており、問題は、防御の壁を越えて突然変異が1個できてしまう人が、線量依存的に居るものかどうかです。

突然変異は線量依存的に増加するか?
 下等生物などでは、線量依存的に突然変異が増加するという実験データは数多くありますが、人間では確立されていません。がん遺伝子やがん抑制遺伝子に関しては全く不明です。

 その人が検査で被ばくすると、被ばくの作用の大きさによって突然変異1個になるかどうかが決まります。この作用の大きさは、もちろん放射線だけの作用ではなく、その他の多くの発がん物質や状況の総合的な作用の大きさです。
 被ばく以外の因子が多いため、この作用の大きさが被ばくによってどれくらい左右されるのか分かりませんが、被ばくの線量が大きいと確かに遺伝子の傷害は大きくなりますし、修復も難しくなります。
 また、細胞分裂の促進作用も遺伝子の発現作用も大きくなり、細胞環境への影響も大きくなるでしょうから、他の発がん物質によってできた遺伝子の傷を突然変異にする作用も大きくなります。
 したがって、突然変異を促進する作用は、線量依存的に大きくなると考えてもいいでしょう。

 つまり、この“被ばくによって突然変異が1個できる”確率の大きさは、被ばく線量の大きさに依存していると考えることができます。この確率を集団の中の人数として考えると、被ばくによって突然変異ができる人の数は線量に依存するということになります。
 したがって、14個の人が被ばくすると、その中で突然変異が1個増える人の数は線量に比例することになり、15個になる人の数は線量に比例します。つまり、がんになる人(被ばくによってがんになる人)の数の増加は線量に比例することになります。
 直線性の良い疫学データが得られることの生物学的な理由は、
 「集団の中の突然変異14個の人々で、それぞれの人の“突然変異ができる線量”が“均等に分布している”ため」だろうということです。

突然変異ができる線量とは?
 私たちの細胞は、被ばくしなくても突然変異ができる環境にあります。そのために私たちはいずれ半数近くががんになります。
 発がん作用があるレベル(壁の高さ)以上にならない限り突然変異はできません。日常生活では突然変異の壁を乗り越えようとする発がん物質の攻撃の波に対して細胞の防御機能が引きずりおろす、という闘いが絶え間なく繰り広げられています。そこにある時、被ばくという発がん物質が加わるわけです。そのせいで壁を越えてしまうことがあるかもしれません。
 問題は、どれくらいの被ばく線量が加わると壁を越え、突然変異が1個増えてがんになるのかです。

 日常生活における攻撃の波がどの高さに届いているのかによって、あとどれくらいの被ばく線量が加われば壁を越えるかが決まります。これが、その人の“突然変異ができる線量”です。
 日常生活における攻撃の波は、日常生活の発がん物質や防御機能、その他の状況によって決まります。被ばくに対する防御機能はひとりひとり異なっています(「発がん過程の生物学的個人差」参照)し、日常生活の発がん物質の量も質も異なっています。細胞の環境や状況も異なっています。
 つまり、日常的に届く波の高さは、全くひとりひとり微妙に異なっているということです。したがって、“突然変異ができる線量”は、それぞれの人で異なっていると考えられます。
 14個の人々の中で、どれくらいの線量の被ばくであと1個ができてしまうかは、人によっていろいろで、その分布は均等で連続的と考えていいでしょう。特別な不連続や分布の偏りが生じる理由は見当たらないからです。

 30mGyで超える人、50mGy、100mGy・・・で超える人など均等で連続的な分布がある場合、この集団の疫学データはどのようになるでしょうか。
 たとえばある集団で、30mGyの被ばくでがんになった人の割合が0.3%、50mGyでは0.5%、100mGyでは1%だとします。これをプロットすると、線量に比例してがんになる確率が増加するグラフになります。原爆生存者の疫学データはこのようにして求められています。

疫学データの内容と直線性
 具体的には以下のように求められます。
 実際のひとりひとりの線量はいろいろです。その人々を平均30mGy、60mGy、90mGyなどの線量グループに分けて、その中でどのくらいの割合でがんになるかを求めます。
 それぞれの線量グループは1000人ずつで構成されているとしましょう。
 平均30mGyの被ばく者のグループが1000人居て、その中で被ばくによってがんになったと考えられる人数(*)が3人だとすると、その線量の被ばくによってがんになる確率は0.3%となります。
(*1000人の被ばく者の中でがんになった人数から、1000人の一般人(非被ばく者)でがんになった人数を引くと、被ばくによってがんになったと考えられる人数が求まります。)

 この平均被ばく線量30mGy、60mGy、90mGyの人々は、普通の人々の集まりで、たまたま違う線量の被ばくをしたに過ぎませんから、人々の構成は同じと考えることができます。
 それぞれの1000人の中の人々は、被ばくに関しては同じ構成、つまり同じような“突然変異ができる線量”を持つ人々の集まりであり、さらに突然変異の数が14個になる人の数も同じと考えていいでしょう。
 30mGyの被ばくをしたグループの場合、突然変異14個の人々の中で、30mGy以下で突然変異ができる人ががんになります。それが3人です。
 つぎに、60mGyを被ばくしたグループでは、突然変異14個の人々の中で、60mGy以下で突然変異ができる人ががんになります。 それは何人になるでしょうか?

 “突然変異のできる線量”が均等で連続的な分布をしているというのは、たとえば、それぞれの個人の“突然変異のできる線量”が10mGy、20、30、40、50、60、70、80、90、100mGy、・・・というように均等な分布で並んでいるということです。
 したがって、30mGyの被ばくで突然変異ができる人の数(“突然変異のできる線量”が0〜30mGyの人々の数)が3人だとすると、60mGyの被ばくで突然変異ができる人の数(“突然変異のできる線量”が0〜60mGyの人々の数)は0〜30mGyの人と30〜60mGyの人の合計になります。人の分布が均等ですから、これらは同じになり、60mGyの被ばくで突然変異ができる人は2倍(0〜30の3人と30〜60の3人の合計)の6人となります。同様に、90mGyの被ばくでは3倍(0〜30、30〜60、60〜90の合計)の9人となります。
 つまり、がんになる人数は線量に比例して増加してゆくことになるのです(図参照)。


構成

 つまり、この論理では、線量の増加に比例して、その線量で突然変異ができる人の数は増加し直線的になるのは当然であり、調査人数が増えれば増えるほど直線性は良くなることになります。
 まさに、原爆被爆者の疫学データが示すとおりです。しかし、これは、「私たちが被ばくすると、線量に比例してがんになる確率が高くなる」という生物学的なメカニズムの反映ではなく、実は集団の人々の“構成”あるいは”分布”の反映なのです。
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